校長講話

2024年3月の記事一覧

【校長講話】令和5年度 修了式

今年度も今日で終了となります。皆さんにとってのこの一年間は、どうだったでしょうか。満足のいくものだったでしょうか。4月からはそれぞれ学年が上がって新しい年度が始まりますが、その前に皆さんはなぜ高校に通うのか、高校生活で自分がどうなることを期待しているのか、そんなことを自分なりに確認してみるのにいいタイミングです。もちろん、いろいろな見方や考え方があっていい。ただ、もし校長として高等学校、特に普通科高校の大きな役割は何かと問われることがあれば、生徒の将来の可能性を広げることを挙げます。

 

皆さんはきっと100歳くらいまで生きる。そこで、どんな人生、どんなキャリアを歩んでいくのかは、個々それぞれが自分で決めて進んでいくことになる。そのときのために、学校にいる間に将来の選択肢を広げて、つまり自分の可能性を広げて、そこから徐々に絞り込んで自分はこれをやる、これで生きていくというものを見つけてもらえるといい。学校は将来の可能性を広げる、選択肢を増やすために、必要だと思われることを可能な限り児童生徒に提供します。

 

いくつか例を挙げます。「学校」といえば授業が中心で「勉強する所」というイメージでしょうが、これは常識といわれるものを含め、知識を習得するということ。人は社会で生きていくうえで、ある程度のことはわかっている、知っている、あるいは覚えてはいなくても調べればわかると言えることが求められる。そうでないと困って立ちいかなくなったり、やりたいことがそれだけでできなかったりしかねない。でも、日常を普通に生きているだけでは身に付かないことがたくさんある。だから、授業や本を通じて習得する。様々な経験も、できれば実際に経験するのが一番です。やってみなければわからないことも多い。だから、様々な機会を捉えて積極的にやってみることがとても大切になる。でも、そうは言っても実際には経験できないこと、本物に出会ったり体験したりできないことはいくらでもある。そこで、先人の知恵や経験を授業や本を通して追体験する。さらに、人の心理、感情。これも自分の経験だけではわからないことだらけなので、小説をはじめとする本や、映画やドラマなどの映像作品を通して追体験する。

 

そうする中で、何か興味の湧くものに出会ったら、思いっきりそれに打ち込んでみる。そうやって、人は自分の可能性、選択肢を広げていくわけです。学校が普段から授業や行事、部活動等に積極的に参加すること、取り組むことを強く勧めるのはなぜかも、本を読むことを勧める理由もこう考えてみればわかってもらえると思う。

 

ただ、皆さんの中には参加できるのにしない、やらなければならないことから逃げてしまう、少しの我慢もできずに辞めてしまう、そういうことがあるでしょう。でも、やったほうがいいと頭でわかっているのに、しない、逃げる、あきらめるってことは、突き詰めていくと自分の可能性、将来の選択肢を自分でどんどん減らしていることになる。自分の将来の選択肢がどんどんなくなってしまうし、可能性がどんどんしぼんでいってしまう。だから、少なくとも自分の将来の方向性が見え始めるまでは、幅広く様々なことをやってみないといけない。そして、何か方向性が見え始めてきたら、その方向に関係しそうなことに徐々に重きを置いていくといい。

 

10月の丹鳳高級中学来校の際に、応対してくれた生徒会や文化部、有志といった皆さんが、わずか1時間足らずの間にすぐに仲良くなって、交流を深めていたのにはびっくりしました。皆さんは初対面のわずかの時間で、言語が違ってもしっかりコミュニケーションをとって、仲良く交流できてしまうことを見事に証明して見せてくれました。大したものです。このような出会いや経験が、皆さんの将来の選択肢を増やしていくのです。

 

皆さんにはやればできること、やれば自信がつくことがたくさんある。自分の可能性を広げることができる。だから、やらないうちから簡単にあきらめないこと。すぐにあきらめないこと。「あきらめる」ことは、「選択肢をひとつ失うこと」です。

 

残り少ない高校生活ですから、やらないうちから簡単にあきらめることなく、しぶとく、そして楽しく高校生活を過ごしてください。

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第四十二回卒業証書授与式

やわらかな日差しに、若い芽が膨らむ季節へと移ってまいりました。この春のよき日に、埼玉県立庄和高等学校 第四十二回卒業証書授与式を、本校PTA会長様をはじめ、ご来賓の皆様と多数の保護者の皆様のご臨席を賜り、かくも盛大に挙行できますことに深く感謝申し上げますとともに、心より嬉しく思います。

 

146名の卒業生の皆さん、卒業おめでとうございます。卒業生並びに保護者の皆様に心よりお祝いを申し上げます。

皆さんが本校に入学した三年前は、新型コロナウイルス・パンデミックによる様々な制約のある生活が続いていました。それまで当たり前だと思っていたことが、実は当たり前ではなかったことを痛感し、社会全体が持って行き場のないものへの対処に苦慮していました。幸い、今年度に入って体育祭のフルサイズでの開催や、文化祭に一般のお客様をお迎えすることができるようになるなど、本校も従来に近い教育活動が展開できるようになりました。この一年間は高校生活を思い切り満喫してもらえたのではないかと思います。皆さんの世代は、パンデミックの影響からイレギュラーな中学・高校生活を余儀なくされましたが、だからこそこの貴重な経験を今後のキャリアに活かさない手はありません。皆さんは制約のある中で、それぞれが自らをコントロールし、仲間とともに切磋琢磨しながら立派によくやってきた。この経験を強みに転じる、そんな心意気が大切です。

 

皆さんは今日でこの庄和高校を卒業し、次なるステージへと飛び立つことになります。世の中は「激動の時代」です。先を見通すことが困難な、不確定で予測不能な社会が到来しています。だからこそ、新たなイノベーションを起こし得る社会をつくっていかなければなりません。国も、そのためには多様性が不可欠であること、そして新たな破壊的なイノベーションを起こす個人を許容しないような現状からは速やかに脱却しなければならない、という強い課題意識を持っています。

 

しかし、今の世の中を見渡せば、リスクを回避して労せず結果を求める風潮、長期的な視野で思考・判断する余裕を持たず、短期的な成果や結果ばかりを追い求める風潮が強まっているように思えます。効率ばかりが優先され、寄り道することを良しとしない感覚に陥っているようです。他人のことを過度に気にする世間の同調圧力も、依然強いものがあります。悪く言えば、自分で考え判断することなく、多数派について勝ち馬に乗ろうとする、打算的で日和見的な空気感です。

また、SNSの世界でも実生活でも、グローバル化とデジタル化の進展で世界は大きく広がりましたが、それによってかえって人々の視野は狭まり、同じ意見の者同士でコミュニケーションを繰り返し、特定の信念が強化される、いわゆるエコーチェンバー現象が顕在化しています。フェイクニュースなる言葉が一般化したことなどはその典型であり、まさに多様性に逆行する画一化傾向です。

 

そんな難しい世の中ではありますが、これから飛び立つ皆さんに、長いキャリアの中で自分色に輝く人生をつかみ取ってもらえることを願い、私からの最後のアドバイスを送りたいと思います。

 

「激動の時代」だと、先ほど言いました。価値観も多様化しています。そんな今だからこそ、こうありたい、こうなりたい、という「思い」をしっかり持つこと、そして「自分の頭で考え行動する」ことが何よりも大切です。「思い」のない人、「自分の考え」のない人は、激動の時代には通用しません。

 

ですからまずは、自分に期待すること、自分の可能性と力を信じることです。知性も才能も努力によって伸びる。そして根気強く努力を続ければ、自分の資質をさらに高めることができる。人間はいつからでも変われる、成長できる。やればできると信じて一生懸命努力すれば、自分の能力をもっと伸ばすことが可能である。そういうことです。

作家であり映画監督でもある、ウディ・アレンをご存じでしょうか。かつて、若いアーティストたちへのアドバイスを求められて、彼はこう言ったそうです。「私が見たところ、脚本や小説をひとつひとつきっちり書き上げた人は、着実に興行や出版にこぎつける。でも、ほとんどの人は『書きたいんです!』なんて言ってくるわりには、すぐに挫折してしまって、結局、ひとつもまともに書き上げない」。そして、こう言ったそうです。「人生で成功する秘訣の八十パーセントは、めげずに顔を出すことである」。

 

そして次に大切なことは、まず何かを判断するとき、即断せずにもう一度考えること。例えば、次の質問を考えてみてほしい。あるものを二つ作るのに、二台の機械で二分かかるとする。では百個作るのに百台の機械で何分かかるだろうか。多くの人は、百分と答えます。でも、もう一度考えた人は、二分で作れると気づくことができる。簡単に引っかからないコツは、もう一度考えることです。

それから、基本が大切であることを肝に銘じて、ああでもない、こうでもないと考え悩みながら、やると決めたことに思い切り打ちこんでみることです。1980年代の西武ライオンズ黄金期を支え、ミスターレオを呼ばれた背番号7の名ショートに石毛宏典氏がいます。卒業生の皆さんはご存じないかもしれませんが、当時を知る世代であれば誰もが知っている名選手です。その石毛氏が、次のようなエピソードを披露されています。

入団一年目で新人賞、ゴールデングラブ賞、ベストナインに選ばれたにもかかわらず、二年目を迎える合同自主トレで、広岡新監督に「練習を見ていたけど、どう見てもお前下手だな」と言われたそうです。どうせやるならうまくなりたいという強い思いを持っていた石毛選手は、腹を立てつつも後日教えを乞いに行き、「お前が今やってんのは、すべて自己流、我流じゃ。それを個性とは言わん。今この時期に正しい理論を身に付けなさい」とアドバイスされます。それからは、合同自主トレ、キャンプ、オープン戦、公式戦、ホテルのロビーやフロント、そしてグラウンドでひたすらファンダメンタル、つまり小学生が捕るようなゴロでの基礎練習の毎日だったそうです。それこそが、ゴールデングラブ賞十回に輝き走攻守のオールラウンダーと称えられた名選手を生み出したと納得のエピソードです。

 

もうお判りでしょう。皆さんのそれぞれの人生は、「思い」を持って自分色に輝かせるべく、明るく顔を上げて、よく考え、そして愚直につかみ取りに行くしかないのです。ある予測では、皆さん世代は百歳まで生きる確率が、五十パーセント以上もあるそうです。文字通りの百年ライフです。その実践には、当然多くの変化が必要とされることでしょう。すでにリスキリングという言葉が一般化してきているように、学び直しとスキルの再習得を経て、生涯に二つ三つのキャリアを持つようなマルチステージの人生へと、生き方が変化していくことになるのでしょう。

でも、焦ってはいけません。人が成長する上でも、価値ある成果を生み出す上でも、そこに至るまでには様々な視点からの思考やアプローチ、たくさんのチャレンジと失敗、多様な学びや研究、検討が必要なことは疑うまでもありません。世間のムードに踊らされて効率ばかりに走ることなく、じっくり腰を据えて、試行錯誤しながら一歩一歩確実に階段を上っていく。そんな気構えが大切であることを、ぜひ覚えておいてください。

 

そしてもう一つ。この庄和高校で、自然豊かなこの庄和地区で、十代後半の貴重な三年間を日々自然と親しみ、自然を五感で感じて過ごしたことは、皆さんのこれからの人生にとっての財産とも言えるものです。江戸川を身近に感じ、木々の緑、青々とした稲穂、カエルやザリガニ、鳥のさえずりが日常にある。自然とは、優しく美しいばかりでなく、ときに厳しく残酷で理不尽でさえあることを、日常的に体感できるなんて、実に贅沢な環境といえます。なぜなら、悲しいかな今どきの都市部では、自然を日々体感できる環境は極めて希少となり、自然とうまく折り合いをつけて生きてきていることを忘れてしまいそうだからです。人類はこれまで常に自然を五感で感じ、自然とうまく折り合いをつけて共生することで生き残ってきたにもかかわらずです。

人類は、社会の発展とともに欲望や欲求を満たすべく様々なものを作り上げ、結果として地球環境を我がもの顔で改変し続けています。ICTが日常の一部となり、リアルとバーチャルの区別も曖昧になりつつあります。

そんな人間社会が、新型ウイルスひとつでその脆弱さを露呈しました。元日には能登半島地震が発生し、石川県を中心に甚大な被害に見舞われました。これまでも、ウイルスの発生や地震といった自然の脅威を再三にわたり認識させられている我々は、これまでに得た様々な教訓を、これからの世の中にしっかりと活かしていかなければならないのです。地球環境とどのように共生していくのかという大きな課題が、我々人類には突き付けられているのです。そのことをしっかり認識しなければなりません。

でも、庄和高校で高校生活を過ごした皆さんには、少なくとも自然を五感で体感してきたアドバンテージがある。そのことを自覚し、地球環境との共生の在り方に皆さんなりの考えや思いをもって、自分の人生を豊かなものにしていってもらえることを願っています。

 

最後になりますが、保護者の皆様におかれましては、お子様のご卒業、誠におめでとうございます。重ねてお慶びを申し上げます。三年間の高校生活を全うし、心身ともに成長して社会に飛び立っていく卒業生の皆さんの姿を前にして、とても頼もしく思います。

この三年間、本校の教育活動に格別のご支援とご協力をいただき、誠にありがとうございました。至らない点やご心配をおかけしてしまった点もあったかと存じますが、暖かく見守っていただきましたことに心より感謝申し上げます。そして、できますれば、今後とも庄和高校に対する変わらぬご支援を賜りますようお願い申し上げます。

 

結びに、第四十二回の卒業生全員が自分色に輝き、夢へと飛揚せんことを心より期待して、私の式辞といたします。

 

令和六年三月十二日

埼玉県立庄和高等学校長 水石明彦

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