校長講話

2024年1月の記事一覧

【校長講話】第三学期始業式

年の始めというのは新年を祝う明るいムードに包まれるものですが、今年はその元日に、令和6年能登半島地震という大変な災害が発生してしまいました。亡くなられた方々のご冥福をお祈りするとともに、被災されたたくさんの方々へのお見舞いを申し上げたいと思います。そして、一日も早く日常が回復し、復興されることをお祈りしたいと思います。

また、翌2日には、日本航空機と海上保安庁機が滑走路上で衝突炎上するというショッキングな事故が起こりました。

 

普段、私たちは概ね安全に安心して生活できているわけですが、このような災害や事故を前にして、改めて自分たちの日々の生活の在りようを見つめ直してみる必要があるように思います。

 

さて、今日から三学期です。始業式で3つの学年が揃うのも、今日が最後になります。二学期の終業式では自分の考えをしっかり持つことの必要性について触れましたが、今日は改めてその前提となる「自分で考える」ことの大切さを確認したいと思います。

 

皆さんが生きている今の時代は変化が激しく、先の見通しが立たない時代である。だから、新たなイノベーション、変化に合わせた新たな対応ができる能力が求められる、と言われています。それはその通りです。ただ、考えればわかることですが、新たなイノベーションや変化に合わせた対応といったものは、基本を身に付けた上での応用の、それも高度な応用の話です。

 

ここでいう基本とは、それぞれの人にとっての「土台」です。「土台」無くして建物は建たないし、「土台」が強固であるほど立派な建物が建ちます。イメージしやすいようにスポーツを例にとると、試合をするには最低でもルールの理解とプレーの基本技術が必要で、これがこのレベルでの「土台」です。でも、大会上位を目指すなら、加えて戦術理解と戦術通りの正確なプレーができる技術、プレッシャーに打ち勝つ精神力、最後まで全力プレーができるスタミナ等が必要になるわけで、それがこのレベルに求められる「土台」です。それでも、実際の試合では想定外の場面や、瞬時に判断を迫られたりする中での適切なプレーが要求されます。これが応用です。

 

将来何をするにも必要となるであろう「土台」は、遅くとも十代のうちにはつくっておくべきです。3年生にとってはその意味で今年一年が大切です。誤解のないよう断っておきますが、「土台」づくりは勉強のときばかりではありません。スポーツでも、仕事でも、趣味でも、遊びでも、日々の生活全ての場面が「土台」づくりの場になります。その「土台」づくりで最も大切なこととして強調したいことが、常に「自分で考える」ことです。

 

勉強を覚えることと勘違いしてはいけません。知識は、本来考えて身に付けていくものです。ただ暗記するという手法は、時間のないときの緊急手段です。脳の容量には限りがありますから、関連付けのないただの暗記ではすぐ忘れてしまいます。知識は考えることで関連づけがなされ、整理されてこそ定着するものです。ですから、物事を理解するには、定着している知識を活用しながら、ああでもないこうでもないと考えて、わかったと確信できるまで自分なりに解釈判断してみることが大切です。新たな知識を理解しようとする過程で、記憶されている様々な知識を動員して思考することで、脳内に新たなネットワークができたり、ネットワークが広がったりする。そのネットワークが活用されて、ときには柔軟な判断やひらめき、新しいアイデアを生み出すことができるということなのだと思います。考えるには知識が必要ですが、考えることでさらに新たな知識が身に付きます。学校の授業というのは、考える上で身に付けておくべき知識習得の場であると同時に、考える材料を提供する場でもある。授業とは、その意味でも貴重な場であることをぜひ認識してもらいたいと思います。

 

最後に、「自分で考える」上での心構えを一つ。「本気で取り組む」ことです。今年一年、自分の土台づくりに励んでみてください。

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