【校長講話】第二学期終業式
2学期はいろいろな授業にお邪魔して、皆さんの授業中の様子を見せてもらいました。ちょうどこの時期に2年生の国語で取り上げられていた夏目漱石の「こころ」は、昔から高校の国語の教科書に取り上げられていましたので、多くの大人にとって馴染みのある懐かしい作品です。そこで、今日はこの夏目漱石の「こころ」から話を進めてみます。
この「こころ」という作品は、「エゴイズム」が大きなテーマとなっている。授業で先生からそう説明がありました。
夏目漱石は、明治になる直前の慶応年間の生まれで大正5年に亡くなっていますから、まさに明治時代を生きた人です。明治に入ってからの日本という国は、近代化に向けて邁進し続けたわけですが、内発的に、つまり中から徐々に変化が醸成されるということではなく、外発的に、つまり外から無理して急激な西欧化を進めたわけです。ですから、当然ひずみが生じます。表面的な近代化は成し得たとしても、当時の日本人の多くは日本の伝統思想と西洋の近代思想との間での矛盾によって、内面的にこれまでにない不安と孤独を抱えていたようです。そんな時代に、それまで日本の精神文化に浸っていた漱石が33歳のときにイギリスに留学し、そこで自分が「他人本位」であることに苦悩することになります。この他人本位とは、他人や周囲からすぐ影響されてしまう、人まねをしたり周りに流されてしまう、といったようなことです。でも、この精神的危機を経て、漱石は「自己本位」をつかんではじめて自信を持てるようになったと後に語っています。
では、この「自己本位」とは何かというと、「自分が主で、他人は賓である」と漱石は言います。ちなみに、賓とは大切な客人といった意味です。自分が主であるということは、他人の敷いたレールを進むのではなく、自分の意志で道を切り開く、つまり自分の頭で物事を判断し、自分が本当に向かいたい道を追求することです。ただし、他人は賓であるというわけですから、他の存在を尊重すると同時に自分の存在を尊重するということになります。つまり、自分勝手で他人を顧みないような「エゴイズム」(利己主義)ではない「個人主義」といえるものです。
しかしです。「エゴイズムの克服」は、実に難しい。なぜなら、エゴイズム的側面は、生来誰もが持っているともいえるからです。「こころ」にも次のようなくだりがあります。「平生はみな善人なんです。少なくともみんな普通の人間なんです。それが、いざという間際に、急に悪人に変わるんだから恐ろしいのです」。でも、それを漱石は、作品の中でなんとか乗り越えようと苦闘します。
そんな漱石の作品を読んだ我々は、作品を通して少なくとも人間が持つ、つまり自分にもあるエゴイズムを強く意識することになります。そのうえで、どのように生きていくかを考えることになる。そして、自分の意識にそのことが強く刻まれることになります。
漱石の時代から100年余りが経ち、日本が欧米の背中を追う時代はとうに過ぎ去っています。グローバル化が進み、世界がより身近なものとなった今、漱石のいう「自己本位」がより強く求められる時代となりました。しかし、今を生きる我々はどうでしょうか。周りを気にしすぎたり、人まねをしたり、自分の意見を持たなかったりしていないでしょうか。そうかと思うと、自分勝手な主張を繰り返したり、他人の迷惑を顧みずに自己中心的で我儘な行動を取ったりはしてないでしょうか。漱石は「自己本位」をつかんではじめて自信を持てるようになったと語っています。皆さんも、これを機にぜひ自分の考えや行動を見つめ直し、新しい年の始まりに自分なりの決意を固めてみてください。ひょっとすると、今よりもっと自分に自信が持てるようになるかもしれません。
明日からは冬休みです。体調管理に留意して、よい年をお迎えください。