【校長講話】第四十三回卒業証書授与式
正門横の梅の花も、満開を過ぎようとしています。やわらかな日差しに、いよいよ若い芽が膨らむ季節へと移ってまいりました。この春のよき日に、本校PTA会長様をはじめ、ご来賓の皆様と多数の保護者の皆様のご臨席を賜り、埼玉県立庄和高等学校 第四十三回卒業証書授与式をかくも盛大に挙行できますことに、深く感謝申し上げます。
172名の卒業生の皆さん、卒業おめでとうございます。卒業生並びに保護者の皆様に心よりお祝いを申し上げます。
皆さんが本校に入学した三年前は、新型コロナウイルス・パンデミックの影響が、まだまだ日々の生活に色濃く残っていました。体育祭は内容を縮小しての開催を余儀なくされ、文化祭も校内公開のみでの開催でした。それでも、皆さんが二年生になってからは、体育祭も従来と同じ規模で開催できるようになりましたし、文化祭にも一般のお客様をお迎えすることができるようになりました。秋には、一度は京を追われた足利尊氏が再上洛を果たしたルートをなぞるかのように、広島、神戸、京都を廻るという修学旅行で、魅力的で贅沢な四日間を仲間と共に満喫してもらうことができました。そして今年度。三年生となった皆さんは、それぞれの希望進路の実現に努力しながらも、最上級生として学校行事等で後輩たちに立派な範を示してくれました。特に、体育祭や文化祭では、それぞれが各々の役回りで大活躍する姿を見せてくれました。この三年間の高校生活には、皆さんそれぞれの様々なエピソードや思い出が詰まっていることでしょう。そんな皆さんも、今日でこの庄和高校を卒業し、次なるステージへと飛び立つことになります。
世の中は「激動の時代」です。変化が激しく、先行きが不確定で予測不能な社会です。日々の生活に直結する経済情勢の不透明感や、国のそして世界の安全保障に直結する国際情勢への危機感はもとより、気候変動をはじめとする自然環境の急激な変化への対応や、AIをはじめとするICT全盛時代における人間社会の在り方まで、様々な困難な課題を抱えた社会です。
そんな難しい世の中ではありますが、だからといって慌てたり焦ったりする必要はありません。皆さんにはこれからの長いキャリアの中で、じっくりと落ち着いて自分色に輝く人生を見つけていってもらいたいと願っています。そのための心構えとして、私からの最後のアドバイスを三つ送りたいと思います。
「激動の時代」だと、先ほど言いました。価値観の多様化した世の中です。多様な価値観を持つ人、集団、国家が、それぞれの価値観をただ主張して押し付けるだけでは、安心安全な社会の実現も、時代が求める新たなイノベーションを起こし得る社会の実現もありません。互いの主張にしっかり耳を傾け、率直な議論を尽くしてより良い合意点を見出していく、そんな地道な努力を重ねていくことが必要不可欠な時代です。皆が知恵を出し合い、多様な価値観を融合していかなければ、激動の時代には対応できない。それが、今の世の中です。
ところで、価値観とは世の中の事象に対する価値判断のこと、つまり人や組織が物事を判断するときの基準となる価値、正しいと信じている思い、信念といったものです。もし、この価値観を持っていないとしたらどうなるのでしょう。二十世紀の政治思想家であるハンナ・アーレントが、ヒットラーの登場を準備することになったヴァイマル期ドイツの大衆社会を分析した自身の著書で、次のようなことを述べているそうです。
ヴァイマル期ドイツの大衆社会における大衆は、何も信じていないから何でも信じてしまう。その一方で、騙されたと分かっても「そうだと思っていた」と言ってケロッとしている。
つまり、しっかりとした価値観を持っていないことで、プロパガンダをどんどん信じてしまう。そして、そもそも信念がないから騙されてもまったく平気でいるというのです。だとすると、例えば自己判断せずに多数派について勝ち馬に乗ろうとするような打算的で日和見的な空気感というのも、好ましくないばかりか、ときに大変危険であるということを認識しておかなければなりません。強調したいのは、自分なりの価値観をしっかり持つこと、そしてそれを信じるということが、何よりも大切であるということです。ですから、皆さんにまずは、こうなってほしい、こうあるべきだといった「思い」をしっかり持ってもらいたい。そして、その思いを持つためにも幅広い知識や感性を身に付けるという意味で、まずは気楽に幅広く本を読むことを強くお勧めします。さらに、「自分の頭で考える」ことを習慣づけること、「自分の頭で判断して行動する」ことが、何よりも大切だということを肝に銘じてもらえればと思います。それができないようでは、激動の時代には通用しないと心得ておきましょう。これが、一つ目のアドバイスです。
次に、タイパやコスパといった言葉が盛んに使われる状況についてです。今の世の中は、効率が優先され、無駄やリスクを回避するといった傾向が非常に強くなっています。その結果として、短期的な結果や目に見える成果ばかりが追い求められることになり、長期的な視野で物事を捉えたり考えたりすることは敬遠される傾向にあります。無駄になるかもしれないと思われることや寄り道、失敗、やり直しといったものは、ここでは悪者扱いです。
でも、冷静に考えてみてください。少なくとも、人が一人前に成長していく過程や有意義な人生を築いていこうとする営みに、マニュアルも近道もありません。時代が変わっても、その認識に変化はないはずです。十九世紀イギリスの歴史家にして批評家でもあるトーマス・カーライルは、「経験は最良の教師である。ただし授業料が高い!」という言葉を残しています。辛い経験、痛い経験、苦しい経験こそが、その人をたくましく育ててくれる最良の先生なのだというわけです。十七世紀の哲学者、フランシス・ベーコンも、「高みに上る人は、螺旋階段を使う」という言葉を残しています。人が成長する上でも、普遍的な価値ある成果を生み出す上でも、一直線に高みに上る道などはない。回り道や遠回りをしながらも、一歩一歩確実に螺旋階段を使って上っていってこそ、初めて高みにも上っていける、つまり成長していくことができるのだと言っているのです。
これから皆さんが更なる高みを目指して、社会で立派に活躍していくまでの道のりにおいて、効率ばかりを追い求めるなど愚かであるばかりでなく土台無理な話です。皆さんには、辛い、苦しい経験も、これから更に大きくたくましく成長する上では必要なことです。無駄や失敗、回り道を恐れてはいけません。やり直すことにも、来た道を戻ることにも、休んでみることにも、何ら負い目を感じる必要はないのです。様々な経験を積みながら、皆さん自身を磨いていってもらえればと思います。これが、二つ目のアドバイスです。
もう一つ。コロナ禍の影響が極めて大きいとはいえ、最近は対面でコミュニケーションをとる場面が減り、SNSを中心に文字での情報発信の占める割合が高くなっています。でも、まず皆さんにわかっておいてほしいのは、相手に気持ちを伝える、相手の気持ちを感じ取るというコミュニケーションが、人間にとっては根源的に大切なことだということです。対面でのコミュニケーションは、本来は言葉そのものだけではなくて、息遣いや声の強弱、身振りや手振りといったちょっとしたしぐさ、目線や表情など、全身での様々な表現を使ってなされます。もしそこで、互いの意思疎通が十分に図られなければ、健全で良好な関係は築くことも維持することもできません。ましてや、電話やS N Sのような声や文字だけ、つまり言葉だけでのコミュニケーションでは、対面と比べて意思疎通の難易度が格段に上がるということも認識しておかなければなりません。
ですから、コミュニケーションで相手に気持ちを伝えられるだけの表現力や感性、相手の気持ちをしっかり感じ取ることのできる力、読み取る力を将来にわたって磨き続けることが極めて重要です。まずは対面でのコミュニケーションを大切にして、それらの力をしっかりと磨いていってほしいと思います。これが、三つ目のアドバイスです。
最後になりますが、保護者の皆様におかれましては、お子様のご卒業、誠におめでとうございます。重ねてお慶びを申し上げます。三年間の高校生活を全うし、心身ともに成長して社会に飛び立つ卒業生の皆さんの姿を前にして、とても頼もしく思います。
この三年間、本校教育活動に格別のご支援とご協力をいただき、誠にありがとうございました。至らぬ点やご心配をおかけしてしまった点もあったかと存じますが、暖かく見守っていただきましたことに心より感謝申し上げます。できますれば、今後とも庄和高校への変わらぬご支援を賜りますようお願い申し上げます。
結びに、第四十三回の卒業生全員が自分色に輝き、夢へと飛揚せんことを心より期待して、私の式辞といたします。
令和七年三月十一日
埼玉県立庄和高等学校長 水石明彦