【校長講話】令和六年度入学式
待ちに待った桜の花もついに満開となり、若い命が躍動する春がめぐってまいりました。春本番を迎えたこの佳き日に、本校同窓会長様をはじめ、ご来賓の皆様、並びに保護者の皆様のご臨席を賜り、令和六年度埼玉県立庄和高等学校入学式をかくも盛大に挙行できますことは、本校関係者一同の大きな喜びでございます。ご臨席をいただきました皆様に、厚く御礼申し上げます。
ただいま入学を許可しました158名の新入生の皆さん、入学おめでとうございます。保護者の皆様にも、今日の日を迎えられたことに心よりお慶びを申し上げます。皆さんは、今日から庄和高校の第四十五期生です。在校生、教職員を代表して、皆さんの入学を心より歓迎いたします。
本校は旧庄和町唯一の県立高校として、昭和五十五年に開校いたしました。以来、「夢 飛揚」の校訓のもと、自分色に輝き、社会で活躍できる人材の育成を目指して、地域の皆様に愛され信頼される学校へと成長を遂げてまいりました。新入生の皆さんにも、そんな本校でぜひ明るく活気ある高校生活を送ってもらうとともに、本校の歴史と伝統に新たな一ページを加えてもらえることを期待します。
皆さんはこの庄和高校を自らの意志で志望し、入学者選抜を見事に突破して、晴れて入学の日を迎えました。中学校までとは違い、自分で選んだ学校に今日から通うことになります。そんな皆さんだからこそ、本校での高校生活をより有意義なものにしてほしい。そのためにも、高校生活で思い切り「楽しむ」ことを目指してほしい。そう願っています。ただ、この「楽しむ」は、ただ楽しかった、というのとは違います。楽しい思いをさせてもらったとか、いい思いをした、面白かったとかということではありません。受け身ではなく、自分でやると決意して、本気で取り組んでみる。そうする先で得られるかもしれない、「楽しむ」です。「楽しむ」については、「論語」にこういう言葉があります。
「子曰く、之を知る者は之を好む者に如かず。之を好む者は之を楽しむ者に如かず。」
ものごとに対してただ知識をもっていても、それを好む者にはかなわない。好む者はそれを楽しむ者にはかなわない、といった意味になりますが、もう少し詳しく見てみましょう。まず、「知る」という段階では、自分と対象は離れていて客観的に把握しようとしています。つまり、単なる知識の獲得を意味します。やろうという自分の意志も、やりたいという感情などなくても、やれと言われたからとか、やらないと困るからとかいうような義務的にであっても、とにかく知識を獲得している段階といえます。それが、「好む」の段階になると深い思い入れが生じて、対象との距離は縮まってきます。つまり、前向きにやろうという積極的な意志がはたらく段階です。誰かに言われたからではなく、自分の意志でやろうと決めて取り組む状態だと思ってみてください。そうなると当然、やったことがよく身に付くようになります。でも、まだその先に「楽しむ」という段階があると言います。この段階になると、対象との距離がなくなり一体化する感覚になる。つまり、もっとうまくなりたい、もっとできるようになりたい、もっとわかりたい、というような感情がはたらくようになる。せずにはいられない、やっていて心が躍る、それが「楽しむ」という段階だと言います。そうなれば、たとえ困難なことがあったとしても、それを乗り越えて続けていくことができるようになるのだろうと思います。
この、論語にある対象に対する「知る」、「好む」、「楽しむ」の三つの関わりかたは、人としての成熟のプロセスともいえるものですから、かなり高いレベルが想定されるものだとは思います。それでも、皆さんのこれからの人生にとってはもちろん、これから始まる高校生活の様々な場面において、とても参考になる言葉だと思います。
たとえば、ある教科に対して難しいという苦手意識があるとします。でもそれは、これまで義務的に授業を受け、わからないこともひたすら暗記したりして、何とか対処してきたからかもしれない。それを、わかるようになりたいとの思いを強く持って、自分から本気でやろうと決意して、ゆっくりでもいいから最初はわからなくてもあきらめずに考え続け、前向きに授業にも取り組むことを続ける。そうすると、少しずつでもその内容が身に付いてくるようになるのではないでしょうか。そして、だんだん身に付いた知識が増えてくれば、それによってその教科の理解が進んできます。わかってきたことを実感できてきます。そうすると、その教科をもっと学びたいという意欲が起こってきて、わかることが心地よくなり、もっとやろうという意欲がさらにわいてきて、ついには夢中になって取り組めるようになるのではないでしょうか。
これは、授業に限ったことではありません。部活動でも行事への取り組みでも、趣味や遊びでも、対象が何かにかかわらず同じです。そして、もし何か一つの対象に対して「楽しむ」という段階を体感することができたなら、そのことで得られた自信がほかの対象に対するやる気へと必ずつながっていきます。
ですから、これから始まる高校生活で、わかるようになりたい、できるようになりたい、うまくなりたいと思っていることに、本気でやると自分で決意して、真剣に取り組んでもらえることを強く期待します。それが、人生ただ一度の高校生活をより有意義にし、人生にとって必要な土台をより強固なものにするための秘訣ともいえるものだと思います。
高校生活については、心掛けてほしいことをあと三つ挙げておきます。
まず、規則正しい生活を送ること。自分でタイムマネジメントができるようにすることです。何をするにも、日々の生活が安定していなければ、からだも心もついてはいきません。ですから、時間を自分で管理するという意識を強く持たなければなりません。はじめは難しいと思うかもしれませんが、やりながら自分なりの時間管理法を見つけ出してみてください。
次に、高校とは、そこで出会った仲間たちと遊び、教え合い、議論し、励まし合い、助け合い、そして仲間と一緒になって何かをつくりあげたり、何かを解決したりすることができる貴重な場です。ですから、仲間とともに学び、切磋琢磨する。そうした仲間との生活が、皆さんを必ず成長させてくれます。
そしてもう一つ。常に考える、自分なりの判断をすることを心掛けることです。論語には、次のような言葉もあります。
「子曰く。学びで思わざれば則ちくらし。思いて学ばざれば即ち殆うし。」
ただ読書をしたり、先生から教えを受けるだけで、自分の頭で考えなければ、混乱するばかりで必要な知識は身に付かない。かといって、考えるばかりで学ぶことをしなければ、独りよがりで考えが偏ってしまい危険である。学ぶことと考えることとのバランスを説いたこの言葉は、論語の中でも大変有名なものの一つです。「楽しむ」ためにも不可欠な、自分の頭でしっかり考える。ぜひ実践してください。
保護者の皆様におかれましては、重ねてお子様の入学のお慶びを申し上げます。私たち教職員は、お子様方がそれぞれの力をしっかり伸ばし、三年後には心身ともに大きく成長した姿で庄和高校を巣立ってくれるよう、全力でサポートしてまいります。ぜひ、本校の教育力を信頼していただくとともに、家庭と学校とでお子様の成長に向けて、歩調を合わせていければと思っております。何卒、ご支援とご協力をお願いいたします。
結びに、ご来賓の皆様、並びに保護者の皆様の益々のご健勝、ご発展をご祈念申し上げるとともに、今後とも変わらぬご指導とご鞭撻をお願い申し上げ、私の式辞といたします。
令和六年四月八日
埼玉県立庄和高等学校長 水石 明彦